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2003年、ディズニーとピクサーで作成されたフルCGアニメ「ファインディング・ニモ」以来、超有名人となった熱帯魚である。
我が社の待合室にもこのカクレクマノミの住む水槽があり、来る方々を日々癒してくれている訳である。 ![]() さて、テレビの影響か、最近は眼瞼下垂の患者さんが多く、その平均の年齢構成は一般の美容外科の患者よりは高い。 今日もご高齢のご婦人の手術にご主人が付き添ってお出でになっていた。 少し緊張気味のご婦人の気を紛らすためか、ご主人が待合室の水槽の前でご婦人に優しく話かけておられた。 「この可愛い魚の名は何というか知ってるか?」 「さあ、知りません」 「これはな、ミニモニと言うんだ」 ん〜、微妙にかすってはいるが、惜しい! # by yabureisha | 2008-11-20 16:13
黒人初のアメリカ大統領が誕生した。歴史的快挙である。
と報じられている。 新大統領の金融政策、対日政策、対イラク、アフガン政策など、来年度以降の世界に与える影響の大きさは計り知れないが、そこは置いといて。 negro、black、african american、mixed raceなどいろいろな歴史的な呼称はあるが、この次期大統領に「黒人初の」という冠詞は如何だろうか。 オバマの父親はケニア生まれのnegroidであり、母親は米国生まれのcaucasianである。 二人の間に生まれたオバマは果たして「黒人」なんだろうか。 日本人の感覚としてはハーフとか、ダブルのほうがぴったり来る。 ハーフで初のアメリカ大統領。 もし、日本国籍をもつハーフの人が日本の総理になったときには「白人初の総理」と言うであろうか。「ハーフの総理誕生」というに違いない。 ただ、アメリカはそもそも混血の国である。 日本だってそうだが、顔立ちからの判断は東洋系同士では付きにくい。 アメリカでも日本でも黒人が混じると、見た目の判断はつきやすい。 どこの国も歴史的にracismの問題を抱えており、オバマはむしろココを逆手に取ったし、またアメリカ国民も変革の旗印として見た。 オバマが黒人かどうかはより、米メディアでは、ほとんどafrican americanという言葉が使われているのに対し、本邦ではいっしょくたに「黒人」と報道し、それを普通に受け取っている側にも問題はないだろうか。 黒人という言葉がcaucasianでない、coloredを意味し、有色人種が大統領になったということが米国の歴史的な人種問題を皮肉ってのコトなら、それはそれでアリかもしれないが。 ![]() # by yabureisha | 2008-11-08 11:54
仕事が終わってすぐ、スタジオに駆けつけた。
7時から1時間の生放送。 「ラジオ自叙伝」というローカル番組のゲストである。 だいたい1時間もの間、語れるような波瀾万丈の過去なんてないし、仕事の話とか、偽ダッシュ村の話でお茶を濁すことにして抱き込んだのが週末庵先生。 最初の20分は一人出演だが、その後は先生にもスタジオに入っていただいて偽ダッシュ村の話三昧となった。 ![]() せいぜい宣伝してきましたが、はたして反応は如何に。。 放送後は満を持して飲み屋に走ったのは言うまでもない。
えらく長い間、ブログをサボってました。
夏本番になるとバイクの虫が騒ぎます。 二週間前から休みの日4回で合計1600キロほど一人で走ってきました。 以下は今週の日曜のこと。 朝6時起床。 始業点検、暖機運転など行い、6時半出発。 先日と逆回りで熊本から大分を目指す。 福岡→久留米→熊本→やまなみ→湯布院→別府→宇佐→北九州 北熊本PAで小休止。さすがに日曜の高速はバイク集団が多い。 熊本ICで降り、やまなみまでの一般道が遠い。 ようやくやまなみハイウエイに取りつき、快適にワインディングロードを駆ける。 牧ノ戸峠(標高1330m)は少しガスって寒い。気温は23℃前後。 ![]() 正面は阿蘇の噴火口 ![]() 外輪山に抱かれた湯布院の俯瞰 湯布院温泉を過ぎ、由布岳の膝元を北上。 由布岳は登山初心者には良い山だ。最後に登ったのはもう10年以上前かな。 ![]() 見上げれば名峰由布岳(1583m) 眼前に別府湾が広がる。 湯けむりを見ながら別府に降り、聖人が浜を右に見て国道10号線を北上。 ![]() 途中USAにも立ち寄りました(宇佐) 10号線は車も少なく快適そのもの。 平均70キロくらいで巡航。 椎田付近で夕立30分。 すっかり濡れるも、そのあと晴れ、衣服は完全に乾いた。 2時半帰宅。 汚れたバイクをきれいに拭き上げ、格納。 所要時間8時間、総走行距離450キロ。給油2回。燃費25km/l 一般道路が多かったので時間がかかった割りには距離が伸びなかったなあ。 もちろんシャワーのあとはビールが、んまい。 このためだけに走っているようなものだ。 このところ4日(回)で1600kmほど走ったが、1960年製のBMWはまったく元気がよい。 どこまでも信頼性は高く、回を追うごとに調子を上げるような気さえする。 耳を傾けるとエンジン音は徐々に純粋になり、咳き込むことすらほとんど無い。 この1600kmでのトラブルはバッテリーのリードが振動で緩んだことくらい。 今のバイクに比べると信頼性は多少劣るかもしれないが、私にとっては命を預ける大事なパートナーだ。 # by yabureisha | 2008-08-05 16:45
皆さんはご存じないかも知れないが、その昔、牛乳もジュースもビールもカルピスもマヨネーズもジャムもみ〜んな瓶詰めで売られていた。
そして中身を消費した後の空き瓶は牛乳屋や酒屋が引き取り、消毒されリユースされてきた。 マヨネーズの瓶はたいてい子供が宝物か何かを入れる容器になったし、ジャムの容器は台所でなにかしらの余生を送っていた。 時は下り、ある日給食の牛乳がテトラパックに変わった。 使い捨て時代の幕開けであった。 これも記憶している方は少ないかと思うが、見事な空間充填立体であることと、展開図も見事に平面充填図形になっていることに驚いた。 いや、それより先に給食当番の運搬の労力が減ったことを喜んだかな。。 そして今、コンビニでは瓶入りの商品を探すほうが難しい。 ワインなど一部の酒類、化粧品の一部くらいだろうか。 流通過程での破損、運搬コストなどを考慮すると軽くて丈夫なペットボトルや紙パックの方が圧倒的にコストダウンが期待できるからであろう。 リサイクルという言葉が浸透して久しい。 しかしペットボトルやアルミ缶、使い捨てカメラなど、たった一回しか使用してない、まだまだその形のままで十分使えるモノを化石エネルギーを使用してわざわざもう一度原料にまで分解し、作りかえる必要があるのだろうか。 例えば昔の牛乳瓶のようにリサイクルではなくリユースの方が、所謂エコ的には納得できる。 もちろん洗浄や運搬のコストを差し引いての話ではあるが。 先日テレビで温暖化とかを話し合う懇談会かなにかの映像が流れていたが、国会議員の前には弁当とペットボトルのお茶が配られていた。 ペットボトルをリサイクルしましょうと言う前に、急須でお茶を淹れんかい。 リサイクル問題より人件費や「お茶くみ」差別の問題のウエイトが重いのであろうか。 ペットボトルの利便性は十分分かっているし、私もありがたく享受はしているが、家族ででかける行楽の時くらい、自宅で湧かしたお茶を魔法瓶に詰めて持って行ってもバチは当たらんのではないだろうか。 # by yabureisha | 2008-06-02 15:54
「犬は動物である」という命題があるとしよう。
明らかに正しい命題です。 では、 1.動物であれば犬である。 2.犬でなければ動物ではない 3.動物でなければ犬ではない 数学の用語で、1を逆、2を裏、3を対偶と言います。 1は「逆は必ずしも真ならず」の言葉通り、動物なら全員犬と言うことはないですよね。 「あたし、動物なら犬っ」って主張もないとは言えませんが、これは数学の問題です。 2は猫だって動物ですので、これも誤り。 「平家にあらずんば人にあらず」はどうなんだろう。。 3は真です。普通動物でない犬はいませんが、ロボット犬なんかが出てきたらゴメン。 つまり対偶は命題と同値、すなわち同じことということで、対偶の真偽は命題の真偽と必ず一致します。 では。 x+y+z≧0のとき,x.y,zの少なくとも1つは0以上であることを証明せよ。 普通に考えると証明は難しいように見えます。 対偶を取ってみましょう。 x+y+z≧0のとき,x.y,zの少なくとも1つは0以上の「対偶」は x.y,zの少なくとも1つは0以上でなければ(x.y,zが全て0未満であれば)、x+y+z≧0ではない(x+y+z<0である )。 マイナスのものをいくつ足しても合計がプラスになることはありませんよね。 対偶が正しいので、命題も正しいということになります。 QED。 # by yabureisha | 2008-05-30 15:08
ちょっと前に流行ったギャグのコトではない。
最近のグルメリポーター(と言うのか?)の旨いものを食した時の言葉は一様に「甘〜い」である。 甘いという味覚が「旨い」に通じるのは承知だが、それにしても耳につく言葉である。 表現力の乏しさに寂しくなる昨今であった。 話は変わるが、昨日は雨上がりの偽ダッシュ村で作業してきた。 昨日までの大雨は未明にすっきりと上がり、作業開始時には晴れ間が広がって気温の上昇を予感させた。 昨日の主な作業はウッドデッキの上にかける屋根の土台作りである。 母屋建設時に大戸の上の壁内にはあらかじめ梁を入れてあるが、外壁に屋根の足がかりとなる10センチ角の材木を取り付ける作業である。 材木にカンナを掛け、ドリルで壁面と材木に穴をあける。 これを持ち上げて大戸の上にボルトで固定した。 気温はぐんぐん上昇し、この作業だけでも大汗をかいてしまった。 昼の食卓はコンビニ弁当など、味気ないものだったが、唯一だが最高の手作り、畑で収穫したタマネギ、大根を生で食した。 大根は野生の(二週間に一回しか手入れしないからね)辛さがたまらない。 タマネギを冷たい川の水で洗い、そのまま生で丸かじりする。 「甘〜い」、つい私の口をついて出た言葉がコレであった。 実に表現力の乏しい私に寂しくなった昨今であった。 # by yabureisha | 2008-05-26 17:10
昔々、竹を取って生計を立てている老夫婦がいた。
ある日、根元が光っている不思議な竹を見つけたので切ってみると、中から小さな女の子が出てきた。 中から電球が出てきたとか、血まみれのかぐや姫が出てきたという話は、まあ、置いておこう。 子どもの無い夫婦は、非常に喜び「かぐや姫」と名付けて、大切に育てた。 竹を取って生計を立てているというが、そう裕福な家庭ではあるまい。 竹を加工する特殊な技能でも無いかぎり、その年で子供を育てるのは経済的にも肉体的にもかなりの負担を強いられるのではあるまいか。 一時の喜びに任せて養子縁組を急いで果たして良いものであろうか。 かぐや姫はたった3ヶ月で年頃になると、 竹の驚異的な成長速度や月の神秘的な力からの発想だろうが、裕福でない老夫婦が日に日に成長する娘の衣装を揃えるだけでも相当な負担だったに違いない。 10センチの身長から150センチになるのに3ヶ月を要したとすると、一日の成長は約1.5センチ。着物ならば若干フレキシビリティーはあるだろうが、それにしても、あっという間にチンチクリンになって着れなくなる着物を毎日のように繕い直さなければならないおばあさんの苦労は並大抵ではなかったであろう。 食費もバカにならないであろうし、それだけのスピードで新陳代謝がなされたとすれば排泄物の量も想像を絶するものであったに違いない。 当時バキュームカーが頻繁に巡回していたという記録もなく、その辺の竹藪やら小川は間違いなく大変な惨状を呈していたはずである。 嫁にくれという若者が大勢押し寄せた。 どこから聞きつけたかは知らないが、排泄物も多いコトについては伏せていたのであろう。 嫁に行くつもりのないかぐや姫は世にも珍しい幻の品を持ってきた者と結婚するという条件を出した。 しかし、かぐや姫の望んだ品を手に入れたものは一人として居なかった。 いやいや、そういうときははっきりと断れば良いだけのことである。 最初からまるで結婚するつもりもないのに結婚の条件を出すとは、純真な男心を弄んではいけない。 かぐや姫のうわさは、ついに時の帝の耳にも入った。 かぐや姫を后に欲しいと帝からも打診があった時、老夫婦は大喜びしたが、かぐや姫の気は進まなかった。 ほら見たことではない。 あまり派手なマネをするからコトが大きくなってきた。 帝に幻の逸品を持って来いと言わなかったのはどうしてだろうか。 ちょっとは気持ちがぐらついたということであろうか。 金持ちや地位の高い人間にだけはおもねるという態度の女にロクな女は居ない(と思う)。 じいさんもじいさんである。 他の男の時はダメで帝なら大喜びという権力志向は如何なものであろうか。 娘の縁談には金と地位だけではなく人柄とかも考慮していただきたい。 以来かぐや姫は毎晩悲しそうに月を見上げては泣き暮らした。 自分で撒いた種である。 つつましく暮らしていれば何の障害も無かった人生のはずが、男を弄んだりするから状況が複雑になってしまった。 夫婦が訳をたずねると、実は自分は月の住人で、今まで育ててもらった恩は忘れないが、今度の満月の夜には、月へ帰らなくてはならないという話をした。 唐突過ぎはしまいか。 そんな大切なコトは数日前とかではなく、事前によく話し合っておかなければいけない。 老夫婦もそれは驚いたに違いないが、出生の時点で普通のニンゲンとは違うくらいのことは認識していたはずである。 竹の中から出てきた生物をニンゲンと信じるようでは認知症も相当進行していたと思われる。 それを知った帝は、その夜、何千人もの兵士を送って、かぐや姫の家の周りを守らせたが、月が高くのぼると、かぐや姫は月の使いの車に乗って、月に帰ってしまった。兵士たちには為す術もなかった。 まだ后でも彼女でもないのに軍隊まで出動とは公私混同もはなはだしい。 どうしてもかぐや姫を行かせたくなかったのなら、もっと他に方策は無かったのであろうか。 ただ防御するだけでは軍事力の差が大き過ぎて歯も立つまい。 なにしろ敵は38万キロの宇宙空間を渡ってきた連中である。 攻撃は最大の防御ではあるが、攻撃力においても軍事力の差は明かである。 となると、何らかの外交交渉で臨まなければ起死回生が望めないのは自明である。 少々卑怯ではあるが、姫を人質として利用するべきであろう。 幸い姫はストックホルム症候群的にこちらサイドへの共感がある。 もし、姫を帰すことになったとしても3ヶ月間の養育費や慰謝料の請求は可能なはずである。 こういった戦略的な外交を行わず、指をくわえて見ているだけとは帝の支持率が20%を切っても当然と言わざるを得まい。 # by yabureisha | 2008-05-20 14:59
先日の日曜は久々にきっぱりと晴れた。
前夜見た月は満月、ということは時あたかも大潮であり、潮干狩りには最適な時期であるわけだ。 と言うことで、我が社では朝から洗濯などを済ませた上で、マイカーにバケツ、軍手、熊手、長靴、小さな椅子、水筒、連絡用無線機など数々の専門的かつ最先端の装備を搭載し10時、颯爽と出発した。 向かう先は数年前にも一度潮干狩りに行ったことがある海岸で、道順などはうろ覚えながら迷うことなく到着した。 到着時、まだ潮は満ちた状態。 干潮は15時あたりがピークと調べていた。 ![]() いつものコトながら海岸にはオバサンが立って入漁料を徴収している。 大人500円、子供300円。 だが、今日はなぜか子供の分300円×2は要らないということで、大人500円×2の料金を支払い、支払い済みの目印の黄色いリボンなどもらって装着する。 何だかオーモーケしたような気がする。 まだ干潮には早いので、浜で昼食。 晴れ渡った空、爽やかな潮風、誠に気持ちの良い昼食である。 さて潮は刻一刻と引き、そして時は満ちた。 イザ500円×2の入漁料の元を取るべく出陣である。 ![]() 遠くまで潮の引いた浜には色とりどりのバケツを手にした家族連れが必死の形相で熊手を振るい漁を行っているのを尻目に余裕の薄笑いで眺められるのは、私が何度も潮干狩りを経験し、技術的なコツなども身につけた大ベテランだからなのである。 そこら辺の素人潮干狩り師においそれと負けるわけにはイカンのである。 午後3時、潮はさらに遠くまで引き、広大な干潟が姿を見せる頃、日焼けして赤い右腕と腰には先程来かなりの疼痛を覚えていた。 何しろ砂場を掘るような訳にはいかない。 小石のゴロゴロあるビショビショの地面を98円で購入した中国製の熊手で中腰で掘り進む訳である。 そりゃ、腰も痛かろうし、腕も痛い。 親子4人で数時間掘り続けた成果が以下の如くである。 ご覧のような大量のアサリ貝を確保することが出来た。 贅沢なことに明日の味噌汁には一人5ヶづつのアサリが入る計算になる。 あまりのアサリの多さに汁が入らないのではないかと心配になる程の大漁である。 ![]() (1個50円もするアサリが20個も獲れた) 子供用の入漁料が不要だった理由が薄々分かったのは帰宅後のことであった。 帰り、夕飯の準備のために立ち寄ったスーパーには、本日の収穫の3倍程度の量のアサリが1パック398円で発売されていた。 嗚呼、可哀相に庶民はこのような安価な食材で満足しているのであるのだなぁなど思いを馳せ、我が身の裕福をシミジミと実感する夜であった。 ![]() 私の釣果を見て、なぜか警備犬はうすら嗤うのであった。 # by yabureisha | 2008-04-22 10:31
明日から名古屋で日本形成外科学会総会が開催されます。
私も明日朝から名古屋入りし、帰宅は金曜の遅くになります。 その間、クリニックはスキンケア関係の施術は行っていますが、手術やレーザー治療はお休みとなります。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。 # by yabureisha | 2008-04-08 09:22
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